Nickelback
Media PlayeR
ツアー日程
バンドメンバー
Chad Kroeger
Ryan Peake
Mike Kroeger
Daniel Adair

カナダのアルバータ州ハンナという小さな町で育ったチャドとマイクのクルーガー兄弟と、近くのブルックスという町で育ったライアン・ピーク。この幼馴染の3人が音楽で生活していく事を決め、ブリティッシュ・コロンビア州のバンクーバーに拠点を移したのが1996年の事。そしてこの年、ニッケルバックの歴史が幕を開ける。ドラマーは何度もメンバーチェンジを繰り返しながら、ライアン・ピークの幼馴染であり同じブルックス出身のライアン・"ニック"・ヴィッケダールが正式に加入、バンド名も「ニッケルバック」と決め、本格的な活動を開始する。ちなみに彼らのバンド名、「ニッケルバック」は、マイクが地元のスターバックス・コーヒーでアルバイトをしていた時にいつも言っていた言葉、「Here's your Nickel Back(5セントのお釣りね)」からとったもの。
自主レーベルからEP『HESHER』(1997年)とアルバム『CURB』(1998年)をリリース、地元のラジオ局の積極的なエア・プレイというバックアップ、そして精力的なライヴ活動を通して一気にその知名度をあげ、カナダで一躍人気者の仲間入りを果たす。その後もその人気はうなぎ上りとなり、メジャー各社争奪戦の末、ロードランナー・レコードとワールドワイドの契約を結ぶ。
まず99年にメジャーでのファースト・アルバムとなる『THE STATE』をカナダで発表、翌年2000年に全米でもデビューを飾る。地元カナダではこのアルバムからカットしたシングルが2枚ともロック・チャートのトップ20にランク・インされるなど、その大人気ぶりを見せ付けていたのだが、その流れはそのまま全米に飛び火し、「ブリーズ」や「リーダー・オヴ・メン」といった楽曲がラジオでエア・プレイされ続けたのに加え、当時既に全米No.1バンドであった3・ドアーズ・ダウンクリードらに同行したツアーを含め計200以上ものステージに立つなど積極的に活動を続け、着実にその知名度と人気を上げて行く。結果新人のデビュー・アルバムにもかかわらず30万枚を越えるセールスを記録、地元カナダではJUNO AWARDS(カナダ版グラミー賞)でKITTIEらを押さえ"最優秀新人賞"を獲得、輝かしくそのデビューを飾る。
長いツアーを行った直後にバンドはセカンド・アルバムの制作に突入、プロデューサーにはリック・パラシャー(PEARL JAMALICE IN CHAINS等を手がける)、ミキサーにランディ・スタウブ(BON JOVIMETALLICAなどを手がける)という最強のラインナップを迎え、『SILVER SIDE UP』を完成させる。アルバム発売に先駆けて発表されたシングル「ハウ・ユー・リマインド・ミー」がいくつものラジオ・チャートでTop10に入るなど脅威の躍進を見せ、期待の膨らむ中2001年9月に『SILVER SIDE UP』を発表、その期待に応えるかのようにこのアルバムは全米アルバム・チャート初登場第2位を記録、その後も30週間にわたりTop25にチャート・インし続けるという快挙を成し遂げる。その後も躍進を続け、「ハウ・ユー・リマインド・ミー」はビルボード・シングル・チャートで4週連続1位、15週連続Top3入りを記録、その後も長期にランク・インを続け、アルバムも全米で600万枚を超えるセールスを記録するモンスター・アルバムとなった。その全米の状況は世界中に飛び火し、同作品は世界各国でゴールド/プラチナ・ディスクを獲得、全世界で1200万枚を超えるセールスを記録している。
バンドはその後も休む事無くツアーを続け、10,000人を超えるキャパシティの会場でヘッドライナー・ツアーを務めるなど積極的にライヴ展開を行い、2002年1月から2月にかけてカナダを、2月中旬から11カ国にわたるヨーロッパ・ツアーを敢行、5月に初来日ショウケース公演を果たし(ちなみに一夜限りのプレミアム・ライヴのチケットは発売僅か5分でソールド・アウト)、その後も全米をくまなく回り、ほぼ1年をツアーに費やしている。ツアーの最中に曲を作り他アーティストに提供したり、新人バンドのプロデュース、そして映画のサウンドトラック用の楽曲も手がける(最も目立った所では『スパイダーマン』の主題歌として使用されたChad Kroeger名義のシングル「ヒーロー」だろう。この楽曲は世界中でスマッシュ・ヒットを記録している)など八面六臂な活動を続けており、またその間に発表したアルバムからのリカット・シングル曲(「トゥー・バッド」「ネヴァー・アゲイン」)も軒並みチャート1位を獲得、ニッケルバックの楽曲がシングル・チャートTop10に3曲同時にランク・インするという快挙まで成し遂げており、その人気を不動のものとする。
最終的に『SILVER SIDE UP』は4つのグラミー賞にノミネートされた他、4つのビルボード・アウォードと4つのカナダ・ジュノー・アウォードを受賞、また楽曲「ハウ・ユー・リマインド・ミー」はビルボード誌により「2002年度最もラジオでかかった楽曲」として認定されてるなど数々の記録を打ち立て、トップ・バンドとしての地位に君臨するバンドとして世界中にその名を馳せる事になる。
そして長いツアーが終わった2002年12月からすぐにバンドは次なるアルバムの制作にとりかかると同時に、長年の友人でもあるジョーイ・モイと共に自らのレーベル604 RECORDSを立ち上げ、カナダの若手バンドの育成もスタートさせる。そしてジョーイ・モイとの共同プロデュースという形で2003年4月から本格的にレコーディングを開始、3作目となる『THE LONG ROAD』を同年9月に発表、モンスター・アルバムとなった前作の勢いをそのままに、リード・シングルとなった「サムデイ」は全米ラジオ局のみならず世界中で驚異的なエア・プレイを獲得し、最終的に全米で300万枚を、世界中で600万のセールスを記録するヒット作となった。『THE LONG ROAD』では3つのグラミー賞にノミネートされた他、6つのラジオ・ミュージック・アウォードのノミネート、アメリカン・ミュージック・アウォードにもノミネートされるという記録を打ち立てている。アルバム発表後も精力的にツアーを続け、2004年にはまずSTAINDと、そして3 DOORS DOWNPUDDLE OF MUDとのパッケージ・ツアーを含む大規模なワールド・ツアーを行っており、アルバムとはまた違った骨太なストロング・スタイルのロック・パフォーマンスと、ラジオでのスマッシュ・ヒット、そして曲自体の持つパワーで、現音楽シーンにおいて確固たる地位を確立した。
『THE LONG ROAD』に伴うツアー終了後、ドラマーのライアン・ヴィッケダールがバンドを脱退するも、新たに元3 DOORS DOWNのドラマーであったダニエル・アデアを迎え入れ、バンドは次なるアルバムの制作に入り、2005年、今世紀最大の大ヒット・アルバムとなった『ALL THE RIGHT REASONS』を発表。先行シングル「フォトグラフ」のラジオでの大ヒットを受け、このアルバムは全米ビルボード・チャート初登場1位に輝き、その後も112週間にわたりビルボードTOP 30にチャート・インし続け、アルバム総売上は全米だけで800万枚を超えるセールスを、全世界では1100万枚以上を超えるセールスを記録しており、ビルボードしから「今世紀最大の大ヒット・ロック・アルバム」と称される事となった。今作からは先行シングルの「フォトグラフ」の他、「ファー・アウェイ」「セイヴィン・ミー」「イフ・エヴリワン・ケアード」「ロックスター」と立て続けにシングル・カットされ、全ての楽曲でNo. 1を獲得、圧倒的な存在感を放つモンスター・ロック・バンドとして現ロック・シーンに君臨する事となった。
BON JOVIとのツアーや最大規模のワールドワイド・ヘッドライン・ツアーなど精力的にライヴ活動を続けたバンドはしばらくオフを取りつつ新作の準備に取り掛かり、プロデューサーに大ヒット・メイカーとして知られるマット・ラングを迎え、まずバンドはスイスにあるマットのスタジオを訪れアルバム全体の構想と 3 曲のレコーディングを終え、その後バンクーバーにあるチャド所有のスタジオにレコーディング・スタジオを移し、じっくりと制作された最新作『DARK HORSE』を2008年 11月に発表、全米アルバム・チャート初登場 2位を記録し、発売後 40週以上を経た時点でもアルバム TOP30以内にチャート・インを続け、現在までで全米だけで 400 万枚以上のセールスを記録するモンスター・アルバムとなっている。今作からは「ガッタ・ビー・サムバディ」「アイド・カム・フォー・ユ」「イフ・トゥデイ・ワズ・ユア・ラスト・デイ」「バーン・イット・トゥ・ザ・グランド」、「ネヴァー・ゴナ・ビー・アローン」という大ヒット・シングルが生まれ、「バーン・イット・トゥ・ザ・グランド」はバンクーバーオリンピックの閉会式において披露され、日本でも話題となる。

現在アメリカでは新シングル楽曲「ディス・アフタヌーン」がラジオを中心に大きな支持を集め、新たな大ヒット・シングルを生み出している。

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