John Tardy
Allen West
Trevor Peres
Frank Watkins
Donald Tardy
1985年末頃、フロリダ州タンパ郊外のブランドンという街でジョンとドナルドのターディ兄弟を中心としたバンドが活動を始めた。当初はXECUTIONERと名乗っていたこのバンドはデモ音源の制作し、自主制作でシングルを発表したりコンピレーションに楽曲を提供するなど活発に活動を続けていたのだが、いざ本格的に活動を始める際、バンド名をOBITUARYに変え、ROADRACER(現ROADRUNNER)との契約を交わす。これが、世界で最も成功を収め、多くのフォロワーを生み出したデス・メタル・バンドの誕生となるのである。結成時のラインナップはジョン・ターディ(vo)、ドナルド・ターディ(dr)、トレヴァー・ペレス(g)、アレン・ウェスト(g)に、ダニエル・タッカー(b)という5人編成、彼らの出現によりこの地フロリダ州タンパは「デス・メタルの発祥の地/聖地」と呼ばれるようになっていく...。
地元にあるスタジオ、Morrisound Studioにて、スコット・バーンズをプロデューサーに迎え制作された彼らのデビュー・アルバム『SLOWLY WE ROT』が1989年に発表されると、当時楽曲のスピードのみを追及するバンドが多かった中、そのうねるようなヘヴィさとそこに刻まれるギター・リフ、そしてジョンの獰猛な声という個性を打ち出し、誰も聞いたことがなかったデス・メタル・サウンドでシーンに大きな衝撃を与えた。ファスト・パートからスロー・パートへ展開していくそのスタイルとジョンの声は即座にバンドのトレードマークとなり、その後バンドはすぐさまセカンド・アルバムの制作をスタートさせるのだが、ここでベーXのダニエルがバンドを脱退、新たにフランク・ワトキンスを迎え入れ、さらに中心メンバーであるアレン・ウェストまでもが脱退、その後任探しは難航したのだが最終的に"渡り鳥"的ギタリスト、ジェイムズ・マーフィー(DEATH、TESTAMENT)が参加し、このラインナップで1990年、セカンド・アルバム『CAUSE OF DEATH』を発表する。前作以上の圧倒的なヘヴィさを持ちつつ、ジェイムズによるツイン・ギターが放つ扇情的なフレーズという新たな要素が加わったこの作品で更に世界的にOBITUARYの名を広め、90年代に沸き起こったデス・メタル・ムーヴメントの最前線に君臨するバンドとなった。
その後精力的にツアーを行うが、その間にジェイムズはバンドを脱退、アレンが入れ替わりバンドに戻ってくる事によって活動を続け、1992年、3枚目となる『THE END COMPLETE』を発表、前作で世界中にその名を知らしめた彼らはこの作品で自らの個性、存在意義を更に強烈に印象づける最大の作品となり、デス・メタル・シーンの代表的バンドの地位を確固たるものにした。本作リリース後、バンドは長期にわたるワールド・ツアーを実施、初来日公演も行っている。約7ヶ月に及ぶツアーを終えた彼らは新作の準備に取り掛かるもののその間に活動していたドナルドとトレヴァーが参加するMEATHOOKSEEDの活動が活発化したため一時は解散の噂も飛び出したのだが、結局バンドは1994年、4枚目となる衝撃的作品『WORLD DEMISE』でその噂を蹴散らし、その存在をシーンに知らしめる事となったのだが、その後ツアーに次ぐツアーという状況に疲れきった彼らは96年頃、突如活動を休止させる。これによりまた解散説も浮かび上がったのだが、1997年、突如5枚目となる作品『BACK FROM THE DEAD』を発表、また精力的にツアーを続け、翌98年には初のライヴ・アルバムとなる『DEAD』を発表する。その後、バンドはまた活動休止状態へと入り、ご存知の通りドラムのドナルドはアンドリューWKのドラマーとして活動、他のメンバーも一時期音楽シーンから離れて生活していたのだが、前スタジオ作品発表から8年の時を経て、アンドリューWKが作ったきっかけにより集合した彼らは2002年ごろからライヴ活動を再開、その後レコーディングに突入し、最新作『FROZEN IN TIME』を完成させる。8年のブランクを感じさせないほどの独自性に溢れるヘヴィ・デスを武器に、いよいよ現音楽シーンに復活ののろしを上げる時が来た...。