Amanda Palmer
Brian Viglione
マサチューセッツ州で4歳の頃から母親が弾いてくれたピアノを見よう見まねで演奏をしはじめ、9歳で早くも曲を作り始め、高校から大学にかけて様々なアート活動(舞台やデザイン、ピアノなど)を続けてきた、類稀なる才能を持つ女性、アマンダ・パーマー。かたや同じく4歳の時に父親から与えられたドラム・キットに座り、80年代のメタル・サウンドに影響を受け、BON JOVIやMOTLEY CRUEなどのテープにあわせてドラムを叩き、小学生の時に友人と組んだバンドで初舞台を経験、その後メルヴィン・ジョーンズに触発されてジャズのドラミングも学びながら地元のローカル・バンドで活動を続けていたブライアン・ヴィグリオーネ。二人が運命的に出会った事により、ザ・ドレスデン・ドールズは誕生する。
時は2000年、ハロウィーンの日。アマンダの自宅で開かれたパーティで、遊びに来てくれた友人たちをもてなす意味も込めて、彼女はピアノで自分の曲を披露したのだが、その演奏、表現力に感動したのが、友人に連れられてアマンダの家に遊びに来ていたブライアンだった。自分の持つスタイルを表現してくれるドラマーが見つからず、ひたすら一人でプレイしていたアマンダと、当時別のバンドでギタリストとして活動していたものの、ドラムをプレイしたくてたまらなかったブライアン。その数日後、ブライアンはアマンダを呼び出し、じっくりと二人は話をして、一度一緒にプレイしようと約束を取り付ける。そこで一緒にプレイした瞬間、二人の方向性が一致し、まるで稲妻に打たれたかのような衝撃を受け、二人で活動する事を決意する。これが、ザ・ドレスデン・ドールズのスタートとなった。
アマンダの持つシアトリカルな要素をそのままステージ上で再現し、かつ二人のぴったり息の合った超絶パフォーマンスが話題を呼び、地元ボストンはもとより、NYなど東海岸のショウは軒並みソールド・アウトするなど、地元の音楽通を中心にその名前を広めていった彼らは、2003年秋にアマンダ主催のインディ・レーベル、Eight Foot Recordsからデビュー・アルバム『ザ・ドレスデン・ドールズ』を発表、地元のラジオ局を中心に火がつき始め、Boston Magazine誌やImproper Bostonian誌といった地元の雑誌はもとより、全国紙のRolling Stone誌からも絶賛されていく。その直後とも言える2004年初頭、バンドはRoadrunner Recordsと契約、同年彼らのデビュー・アルバムを新たに再リリースし、全米、そして世界を視野に入れた活動を開始させる。
その反応は凄まじく、各地のラジオ局でリード曲の「ガール・アナクロニズム」や「コイン・オペレイテッド・ボーイ」が流れ、MTVでもビデオ・クリップが流れ始める。SMASHING PUNPKINSのビリー・コーガンやデヴィッド・ボウイ、パティ・スミスらからの称賛を受けながら、徐々にその人気/知名度を上げて行った彼女達だが、偶然テレビで観た彼らのビデオに感銘を受けたNINE INCH NAILSのトレント・レズナーから直々に全米ツアーのサポート・アクトとして抜擢され、さらにその勢いに拍車をかける事となる。その後も世界各地のフェスティヴァル(Coachella、Fuji Rock Festival、Roskilde、Glastonburyなど)に出演、ドイツやフランスではヘッドライン・ツアーも行い、大成功させている。
そして2005年末から、バンドはRadioheadやHole、The Pixiesなどを手掛けてきたショーン・スレイドとポール・Q・コルデリーをプロデューサに迎え(ちなみにショーンはよりバンドを知るためにしばらくの間彼らと共にツアーを続けていた。昨年のFuji Rockにも実は一緒に日本を訪れていた)、今までツアーを続け、世界を見てきた全てを注ぎ込みながら最新作の制作にとりかかる。そして2006年春、全世界に新たなザ・ドレスデン・ドールズ・ワールドを披露してくれるのだ。