Candace Kucsulain
Chris Rawson
Mike Hasty
Aaron Ruby
Dustin Schoenhofer
WALLS OF JERICHOの結成は1998年の9月。EARTH MOVERというバンドで活動をしていたメンバーが中心となり、地元デトロイトで産声をあげたこのバンドの結成当初のラインナップは、キャンダイスがヴォーカル、クリスとマイクがギター、アーロンがベース、という現在のラインナップに、ウェスという名のドラマーを加えた5人編成。結成直後から彼らはギグを重ねていくのだが、既にその頃からHATEBREEDやBURIED ALIVE、MIDWEST、REACH THE SKYといった既に人気者となっていたバンドのサポート・アクトを務めるなどその活動は目覚しいものがあったという。そして結成から一年も待たずにバンドはまず7”EPというフォーマットでデモを制作、その後そのEPにデモ・トラックなどを収録した形でデビューEP 『DAY AND A THOUSAND YEARS』をヨーロッパのレーベル、GENETから発表する。この音源の発表と、度重なるツアーでバンドは地元だけでなく全米、そしてヨーロッパにまでその名を轟かせていく。そしてこのEP音源がNEW JERSEYにあるTRUSTKILL RECORDSの手に渡り、1999年、同レーベルと契約を交わす。
契約後すぐ彼らはレコーディングに入り、1999年12月、デビュー・フル・レングス・アルバム『THE BOUND FEED THE GAGGED』を発表。翌年からHELLFESTなどのハードコア・フェスティヴァルに出演したり、ツアーで何度も全米を駆け巡るなど今まで以上の活発な活動を見せていく。2000年8月にはシラキュースのEARTH CRISISやスウェーデンのIN FLAMES、オークランドのSKINLABらとのツAーで全米を回り、ハードコア・バンドとしては異色な女性ヴォーカルを擁するスタイルでありながらも、その圧倒的な力強さを見せ付ける強靭なパフォーマンスでその人気はとどまるところを知らないほど盛り上がっていく。しかし、更に上を目指すべく活動を続けていった2001年、オリジナル・ドラマーであったウェスがバンドを脱退。彼の脱退に大きな衝撃を受けたバンドは次なるドラマーを探すことなく、一旦活動を休止してしまう。アルバム1枚と1年以上に及ぶツアーでキッズから圧倒的支持を得ていただけに、その損失はシーンにとっても非常に大きなものとなる。
しばらくの間アーロンとクリス、そしてマイクは別のバンド(CROWS UNDER HELL)を結成し活動をしたり、マイクはCLOUD CITY STUDIOSというスタジオでエンジニアとして働いたり、アーロンはタトゥー・アーティストとして、またキャンダイスもタトゥー・ショップで働くなどしていたのだが、元CATHARSISのドラマーであったアレクセイ・ロドリゲスと出会う事により、WALLS OF JERICHOはまた活動を再開し始めるのだ。マイクの働いていたスタジオに入り、マイクを中心にしたセルフ・プロデュースという形でレコーディングされた再結成後初のアルバムとなる『オール・ヘイル・ザ・デッド』を2003年2月にTRUSTKILLより発表、活動再開というニュースと共に発表された今作はキッズを中心に絶大な支持を受け、その後も以前の彼らのように休むことなくツアーを続けていく。2003、2004年と連続でHELLFESTに出演、女番長とも言える風格すら身につけたキャンダイスと、更に強靭になったサウンドとパフォーマンスで、フェスにおけるハイライトにも数えられた他、2004年後半にはレーベルメイトであるBLEEDING THROUGHと、そのすぐ後にはSICK OF IT ALLと全米をサーキット、2005年に入ってもBURY YOUR DEADとのツアーで全米を回ったほか、ヨーロッパの夏のフェスティヴァル・ツアー、WITH HONORらとのツアーと、休む事無くツアーを続け、その人気と存在感を確実なものとしていった。
その後、ドラマーのアレクセイが脱退するが、バンドはすぐさま新たに元PREMONITIONS OF WARのダスティン・ショーンホッファーを迎え入れ、2006に入るとバンドはCHIMAIRA等を手がけたベン・シーゲルをプロデューサーに迎え次なる新作の準備に取り掛かる。アルバム完成直後、彼らにとって最大のチャンスになるであろう、OZZFEST 2006への出演が決定、セカンドステージで新曲を披露しながら、確実に次なるステップへと足を進めていく中、いよいよ待望の最新作『ウィズ・デヴィルズ・アモングスト・アス・オール』が発売される…。